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「そういえばロウィナって口の中でさくらんぼの茎を結べる」 それはある晴れた日の昼下がり、ロウィナの部屋でお茶をしていた時にヘルガが口の中でさくらんぼを口の中でコロコロと転がしながら発した言葉である。 「それができるとどんな良いことがあるの」 「なんかね、それができる人って器用なんだって。私できないの」 実から引き抜いた茎を指で弄び乍ら少し頬を膨らませながら眉間に皺を寄せていた。 「ふぅん、さくらんぼの茎を…ねえ…」 と半詰まらなさそうに皿に盛られたさくらんぼへと視線を落とし一つ手に取ってみた。ぷちっと茎を取り、口の中に放り込む。10秒、20秒…どれ位の時間が経過したのか分からない乍らも舌に散々良いようにされていた茎は無惨にもふやけてしまい、気持ちが悪くなったのでつまみ出した。何となく悔しかったのでもう一つ手に取り同じことを繰り返した。が、同じ結果に終わった。ヘルガの三割増ほど眉間の皺が深くなった時、コンコンと云うノックと共に「入るよ」と声が掛かった。ゴドリックと、恐らく彼に連れて来られたのであろう普段は来ない客サラザールである。 「今日は遅かったのね」 とゴドリックに話し掛けつつ、サラザールの方へと目を遣った。 「来る道すがら残業に追われたサラザールが居たもんでね。少し待って一緒に来たんだ」 「残業と云っても実験で失敗した生徒が居たんでな、その後片付けが厄介で」 「でもあなたが来るなんて珍しいじゃない」 「人生には、偶には無駄話も必要なんだし、良いんじゃない」 「で、その無駄話なのだが、お前達は何をやっているんだ。何かさくらんぼの茎が必要以上に嬲(なぶ)られて哀れな姿になっているようだが」 とソーサーの上に転がるいくつもの戦歴に目が釘付けになり乍らサラザールはありとあらゆる可能性を思い描いていた。 席を外して追加のお茶の用意をしていたヘルガは 「あなたも知らないの。なんか生徒の間では結構有名みたいなんだけど」 と云いつつも説明した。 「へえ」 と感心したような声を出したのはゴドリックだった。 「サラザール。ちょっとやってみたらどうだ」 と茎をサラザールに渡した。 サラザールはサラザールで茎を触ったゴドリックは果たして今日仕事が終わってから手を洗ったのだろうか、と違うことを気にし乍ら、斜め横から刺さってくるヘルガの好奇心に満ちた視線に負けて取り敢えず口の中に放り込んでみた。目線は泳ぎ、首もあちらこちらと傾いて、自分の現在の姿は随分滑稽に映っているのだろうなあ、と思いつつ15秒程で何とか結ぶに至った。 「これで良いのか」 「凄いじゃないか」 「人のことなかりじゃなくて自分もやってみろ」 「私は多分出来るよ。90%くらいの確立で。こう見えて器用だから」 と回避しようとしているゴドリックに対し、自分が出来なかったものを、やる前から出来ると宣言されたのが余程不愉快だったのろうか 「憶測に過ぎないわ」 あなたもやってみなさいよ、とロウィナから声が掛かった。 はいはい、と実からむしられた茎はゴドリックの口の中に入ってから10秒も掛からずきっちりと結ばれて出てきた。 「あ、そういえば確認までに云っておくけど『器用』ったって舌が器用なだけで指先が器用とかそういうのとは話は別だよ」 と云ったゴドリックに真っ先に食らいついたのはヘルガだった。 「えっそうなの。あ…でも云われてみれば…」 そして 「ストレートな物言いをすれば結べる人はキスが上手い人って、きちんと分かってるんだよね」 にやりと口角を少しあげて続けた。 「まあ」 と目を開き口元を手で押さえるヘルガ。 そんな恥ずかしいことを私はよりにもよってゴドリックの前でさっきからずっとやっていたのかと耳まで赤くしたロウィナは数秒目を逸らした。 サラザールもサラザールとて不器用でなくて良かったと、表面上は何も無かったようにつとめるも内心は焦ってはいた。 「今回の収穫はサラザールだな。まさか結べるとは思っていなかったから。って嫌味とか悪意があって云っている訳じゃないよ。単純に驚いただけだ」 とフォローする気など皆無のようなフォローを入れ、うんうんと頷きながらゴドリックは実に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。 「知っていたなら、やる前にそうだと教えてくれれば良かったじゃない…」 とロウィナが不平を零した。 「別に私だとて最初から知っていた訳でもなくて、ついさっき教え子の女の子達が結べるかって訊いてきてさ。『結べたらどうなの』って訊いたら『その人はキスが上手いってことなんですよ』って凄く楽しそうに教えてくれたもんだから。教わって早々お茶に来たら何か似たようなことをしているだろう。私以外誰もその本意を知っているようにも無かったし、ちょっとお手並み拝見、と」 それにはついロウィナも絶句してしまった。 その横には 「そっかー、私下手なのかー」 と別にショックを受けた様子も無くすっとぼけたようなヘルガが居た。 「まぁ私たちが結べるんだから君たちは結べなくても大丈夫なんじゃない」 と云ったその時、ロウィナは手にしていたティーカップを床に落とし、ヘルガは相も変わらず何で、と首を傾げ乍らも、飲みかけていたダージリンを気管に入れてしまいむせ返っていたサラザールの元へと走った。怒られる前に、とロウィナが口を開く前にゴドリックは部屋から退散。遺されたロウィナとサラザールはその重いような何とも云えない微妙ま空気に押されてすっかり黙りこくってしまった。何がそうさせるのか分からないヘルガは只管サラザールの背中をさすっていた。 「どうしたの」 「いや、奴の云ったことは気にするな」 「そうなの」 「ああ、だよな。ロウィナ」 「え。ええ、そうね」 ふうーんと何か腑に落ちないヘルガ。 残った |