「例えば…そう、例えばの話だから気を悪くして欲しくは無いのだけれどね…」 肩肘をつき乍ら、如何にもやる気無さそうな体勢の、本当に気を悪くさせる気は無いのだかすら怪しい声の主がこの部屋に来る事は滅多に無い。やれ薬臭いだの、黴臭いだの、仕舞には辛気くさいばかりかさっさと空へと昇華するゴーストまでもが居座りそうだ、などといちゃもんを付けては私の方を呼び出すからだ。私としては毎度彼の部屋へと赴くのも億劫な話ではあったが、彼の部屋は意外にも居心地が良いので嫌ではなかった。 この部屋は日中、太陽光で溢れる彼の部屋とは対極的に、日が差すなどという事は無い。逆に薬品が変質するのを防ぐ為にも、地下に作られた部屋でもあった。逆に普段寄り付かない部屋に自発的に来たともなれば話はよほど深刻なものなのか、と思いきやアームチェアに座った彼のだらけ具合と云ったら深刻さとはほど遠いものだったのだ。 して、ゴドリックにしては珍しく歯切れの悪い出だしから始まった内容は―― ――もっと「らしくない」ものだった。 例えばの話 ゴドリックの場合:The Case of Godric Gryffindore 「ヘルガが死んだら、君ならどうする」 「薮から棒なのは相変わらずだが、何をどう答えさせたいのかすら分からんのだが」 「そらそうだ。悪い。…もしヘルガが君より先に死んだら、君ならヘルガをどうするか、と云う意味、かな」 「何故、問うているお前が疑問形なんだ」 「それだけ言葉は難しいって事だよ」 なだらかに波打つ金の髪を指先でくるくると弄び乍らにこりと笑った。 珍しく髪が整っていないと思えば、恐らく彼は自室でもこのように髪を弄り乍ら先のような事を考えていたに違いない。 ともすれば… 「知りたいのは、ロウィナが死んだらお前ならどうするだろうか、と云うことか」 「ん、近い」 「だろうな。そんな事、今更考える迄も無く決まっているんだろう」 「そうだね」 「行動理由が分からない、訳でもないんだろう」 「分かってる」 「自分の事を知りたいのに私のことを聴いてどうする」 「だって、恥ずかしいじゃない」 と照れたようにくしゃりと笑った。 「君の考えの中に私の答えも見つかるんじゃないかな、と密かに期待してる」 この男は自分で恥ずかしい事を人にやらせようというのか。それとも、私なら恥ずかしく無いだろうと思っているのか。全く分からなかったが、私の問題でも無いのに何故私が話さねばならんのか理不尽さを感じ始めた頃合い、鼻の良い彼はその臭いを感じ取ったらしく一言「すまない」と小さく漏らした。 「そう、本来なら私がまず自分の事を話すのが筋…なんだよなあ」 ふんっと背伸びをし、話し辛そうに天井を見つめたまま、暫くして重い口を開いた。 「私はロウィナの事が好きなんだ」 何を分かり切った事を、と鼻で笑いたい気持ちを堪え、取り敢えず聞き役に徹する事にした。 「もし彼女が先に死んだら、まぁ私は彼女を独りにさせる気は無いから、そうなる事を望んでいるんだけれど…もし死んだら私は彼女の体を剣でバラバラにしてシチューにでもして食べようかと思っているんだ。だって、そうだろう。死んだら魂は、あの、天の星よりも上へと飛んで行って、体は土へと還ってしまうんだ。魂は自由に行かせても、体は土に戻させる気は、微生物の餌食にする気は毛頭無い。まぁ魔法で何とか体の保持位は出来るかもしれないけど…。離れずに居られる為にも私と同化させるのが私にとっての最良策だ、と考えている。消化された彼女は私に吸収されて、文字通り私の血肉となる。どこからが彼女で、どこまでが私かすら分からなくなるだろう。どこへ行くにも一緒。私がどこへ行ってもどこへも行かない。私のもとを去ってしまう心配も要らない。そんな幸せな事って無いだろう。なのに何かが引っ掛かるんだ」 そこで、さあ次はお前の番だとばかりに視線をこちらへと向け 「で、それが何かを頭脳明晰なサラザール様にお教え頂こうとこう来た訳だね。」 とそこにはいつもの、表情の読み取れない笑顔の仮面が復活していた。 余りのくだらなさに吹いてしまいそうになった。 尤も、そうしたら最後殺されかねないのでひとまずは抑えたが。 「頭脳明晰なサラザール様は…まず想い人が死んだからとて喰うことはしない」 「だから分からない、なんて詰まらない答えは返さないでくれよ」 「まさか。ただ――…」 「ただ?」 「ただ、なんでそんな単純な事にお前が気付かないのかな、と」 「単純過ぎて見えていない、そういう何かってこと?」 「そう。単純さ。キスが出来なくなって抱きしめられなくもなる。そしてそれに対する覚悟がお前には未だ出来ていない。それだけの事だ」 暫しの間。ゴドリックはくつくつと笑いながら 「ご尤も過ぎて反論の余地もない」 と席を立った。そして礼の言葉を二言三言残し、そのまま部屋を出て行ったしまった。 口車に乗せられずに話をゴドリックに切り返した数分前の自分を褒めてやりたい気分になった。彼が語尾を濁した魔法による死体保存。それこそが私が望んでいるものだなどと口にしたらどうなっていたことやらだな。 |
シチュー VS 死体保存 どっちも嫌だ(笑) 2005年7月29日
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