「ゴドリック、あなた……は今までに死にたいと思った事は無いの?」

例えばの話
ロウィナの場合:The Case of Rowena Ravenclaw



「君はあるだろうね、上に馬鹿が付く位真面目だから」
暖炉に脚を伸ばし暖を取り乍ら大柄に返した。
「それは私の問いに対する答えになっていないわ」
「じゃあ、多分無いよ、とだけ云っておこうかな」

書類に忙しく走らせていたペンを休め、
「私は真面目な話をしているのよ」
と諌めるような口調で数十分振りに視線をゴドリックの方へと向けた。

「真面目な話を吹っかける時位、僕の方を向いてくれていたって罰は当たらないと思うよ」
「ごめんなさい」
「謝って欲しくて云った訳じゃないよ」
クスクスと笑うとすっかり冷めてしまった珈琲の入れ替えに立ち上がった。

ロウィナも机から席を外してカウチに座り直した。

「時に」
と豆をガリガリと挽き乍ら云い出した。
「どうしていきなりそんな質問が飛び出して来たんだろうね」
「何がじゃないわ」
「答えさせられた身としては訊く権利位あるんじゃない?」

熱い珈琲が出来上がるまであとちょっと掛かりそうだ、と独り言のようにぶつぶつ云い乍らテーブルを挟んでロウィナとは反対側のアームチェアによっと腰掛けた。

「今日、実家の部屋掃除をしてきたのよ」
「掃除なんか要らない位に整然としているような気もするけど。まぁ本と書類を除いたら何も無さそうだし、当たり前と云えば当たり前なのだけれど…」
「そう聴くと、女としては随分詰まらない人物なようね、私って」
「僕にとって重要な人物である、と云うのでは足りない?」
小さくクスっと笑った。
だがいつもの小馬鹿にしたような笑いでも呆れたような笑いでもなかった。

「でね、机の引き出しの中から遺書を見つけたの」
「へえ、君の書いたやつ?」
「勿論よ」
「書いた理由、当ててみようか?」
いたずらっ子のような風体で云うのでつい、当ててみなさいよ、と返してしまい、云ってから1秒後には少し後悔している自分が居た。

「死ぬのが怖いから」

違う?、とニコニコまさにクイズに答えて自信満々そうに結果を待つ子供の無邪気な笑顔があった。
どうして分かったんだろう、という驚きが3割、4割は「自分の事を理解している積もりなだけ」と叫んでいる彼が本当に当ててしまった事への反感、そして残りの3割は「やっぱりね」と云う諦めにも似た諦めだった。

ため息をつくと立ち上がり机の引き出しから黄ばみへたれた紙をゴドリックに渡した。


お父様、お母様

わたくしは死にたくありません。
死ぬのが怖いのです。
だから死にます。
先立つ不孝をお許し下さい。

R.


目を通したゴドリックはうんうんと頷き乍ら
「実に簡潔で君らしい遺書だ」
と笑った。

「で、今も死のうと思う訳?」
そろそろ用意の出来た筈の珈琲を取りに立ち上がった。
「いや、直接的には思わないけれど、強迫観念としては残っているから偶にふっと死ねればなと思う事はある」
カウチにもたれかけていた体を起こし
「違うわね、死にたい訳じゃない。死ぬのはやはり怖いのよ」
こう…煙のようにふぅっと消える事が出来れば、のような感じかな、と云った彼女の視線は空を彷徨っていて視点が定まっていないようでちょっと怖かった。そのまま彼女が、そうまさに煙のようにどこかへ行ってしまうのでは、と思えてつい、ロウィナ、と呼んでしまった。

「何?」
と首を傾げつつこちらを向いた彼女はもういつも通りの彼女で
「偶には砂糖も入れてみない?」
とどうでも良い事で誤摩化した。予想通り、要らないわ、と返って来た。

この遺書を書いたのは私が12歳位の頃かしら。
もう10年以上も前の話ね、と懐かしげに紙面を観ていた。

でも考えてみて。今まで20数年生きてきた訳だけれど、10年前やその前の出来事がつい昨日や一昨日の事のように感じられるのよ。私たちは生きられてせいぜい100年だわ。と云う事は今まで生きてきた時間を4回ちょっと生きたらもうお墓の下という事ね。まぁ大まかにでもちゃんと記憶があるのはここ10年ちょっとだけれどそれでも後8回しか時間は残されていない。しかもこれはマックスでの考えだわ。寿命は60年かもしれないし、もっと短いかもしれない。もしかしたら明日には何らかの事故に巻き込まれて死んでいるかもしれないし、一年後には災害で死んでいるかもしれない。過去に偉人と呼ばれた人は数多居たわね。その著作も読んだわ。でも何処にも自分の死ぬ人は知り得た記録は無いし、聞いた事も無いの。勿論病気によるのは別と考える訳だけれど。

それは……
「それは君は不老不死を願っているって事?」
「まさか!!」
「だよねえ」
「そうよ、好きな人が一人も居なくなってしまったような世界になんて未練は無いもの」
「右に同じだね。だったら人にもそういう思いをさせない事が大事なんじゃない?」
「それは…!!」
それはそうだけれども、と口ごもり乍らカップの中の珈琲を必要以上にクルクルとスプーンで掻き回したロウィナの唇は尖っていた。相変わらず可愛いなあ、と場違いな事を考え乍ら観ていたゴドリックは

「ね、だから夫には僕を選んでおきなさいよ」

とにこにこ「向日葵のような笑顔」と形容したい笑みを浮かべ乍ら述べた。
「何故話がそうなるのか15字以内で答えなさい」
またか、と呆れたようにロウィナは半投げ遣りに問いを投げた。

「僕なら君より先には死なない」
もしくは
「僕なら君を独りにはしない」

どっちも15文字以内だね。
と云ったゴドリックの顔はいつものにこやかな雰囲気とは違って、表情の読み取り難い稀に見る顔だった。それは少し苦手な顔だった。ゴドリックは自分の事を何でも分かっているような気がするのに、自分はゴドリックの事を何も知らない、いや、知ろうとしていない事実を鼻の先に突き付けられるような気がする。

そんなに心配なら呪詛でも掛ける?
僕が死んだら君も自動的に死ぬような…そんな黒魔術。
サラザールの十八番だ。
何だったら僕が不老不死の体を得ても良い。

前者は禁呪だ、と注意する迄もなくゴドリックなら知っているであろう。
いつものへらへらした表情はどこへやったんだ。嗚呼、息苦しい。
胸が潰れそうだ。心臓がキリキリとワイヤーで締め上げられるような気がした。

そしてロウィナは暫くしてから、何故ゴドリックが死ぬ時に一緒に死ななければならないのか、と考えていなかった自分に気付き驚いた。しかしそれもそう悪くは無いのかもしれないと思えている自分を何故か自然と受け入れている事にも気付いた。

「お前に不老不死のリスクを負って欲しい訳じゃないんだ」
とだけ返した。





いつ訪れるとも分からない死を待つよりは、自分で死に方を、死ぬ時を決めてしまいたい。

自分の意志で産まれて来た訳でも無く、レイヴンクロー家のしきたりや、常識、などに縛られた人生を送り、必ず誰かと接して、それと関係を持ち、常に自分の思い通りにならない人生の内、誰にも何も干渉されずに思った通りに得られる物が死なんじゃないか、と云うロウィナに対し、ロウィナ無しの世界なぞ考えられもしないロウィナ馬鹿なゴドリックの小ネタでした。

ちなみにゴドが一人称「僕」を使うのは対ロウィだけです(笑)
他は「私」ね(笑)
2005年8月16日