ネーミング・センス
「タヌキさーん!タヌキさーん?どこにいるのー?」

その日、私は朝から食事を摂る事も無くただ只管に薬の調合に没頭していた。メイドには食事は要らないから、と最初から云っておいたし、ゴドリック達にも、邪魔をするなという牽制の意味も兼ねて同様に伝えておいたので日の光が差し込まないこの実験室からは今が一日の内のいつ頃なのかさっぱり分からない。目下の目的を達し、その過程と結果を記していた最中に耳に入ったのがヘルガの声だった。

タヌキ━━━か。あの動物好きがまたどこかで拾って来たのか、と少々呆れたのだが、声の主がこちらの方へと近づいてきたので、ここにはタヌキなどぞ入ってきてはおらん、と探す手間を省かせてやろうとドアの方へ椅子ごと向いた所、閉めた筈のドアが━━━開いていた。

侵入者が何であれ、その事に気付かなかった自分を恥じた。緩い連中と一緒に居過ぎたせいか少々気が弛んでいた事にはそれとなく気付いていたが、まさか自分の聖域とも云えるこの研究室へ踏み込まれた事にすら気付かぬとは、数年前の自分だったら考えられもしない事態だった。

すかさず魔法を唱え、嚇かすべくバンッと大きな音を鳴らした。すると部屋の隅にある棚の下の方でドンッ、ガリガリガリと何かにぶつかるような、それでもって引っ掻くような音がした。覗いてみれば、アナグマがいた。完全に怯えて切っているくせに一端にこちらを威嚇している。窮鼠猫を噛む、というフレーズが脳裏を掠めた。こんなものに構って怪我をするのも詰まらなかったので暫く放っておく事にした。ドアを同じ位開けておきさえすれば勝手に出て行くだろう。

その時バタバタバタと云う音と共にヘルガがどうしたの、と息急きを切って部屋へ飛び込んできた。私に怪我が無いかなど捲し立て、一頻り訊き終えると安堵したかのようにその場にへなりとしゃがみ込んだ。それに対し、ほぼ同時に姿現しで現れたゴドリックは薄笑いを浮かべ乍ら、実験で失敗でもやらかしたのかい、と野次馬根性丸出しだった。同じ来るならヘルガのように怪我の心配でもしてみたらどうだ、と毒突いてはみたものの、だってそれはヘルガの役割なんだから、同じ事を二人の人間が云うなんて莫迦みたいだろう、と正論なんだか分からない答えを返されてしまった。心配しているか否かはさておいて、一応心配しているような体をみせるのが大人だわ、といつの間に来ていたのか分からないロウィナが反論した。本音と建前ってやつだね、とゴドリックが笑った。

単に部屋の中に侵入者が居たからあぶり出そうと威嚇魔法を使っただけだ、と取り敢えず目的は様々だろうが集まったメンバーに説明だけはした。まともに聴いているのはヘルガだけのようでもあったが。で、侵入者は見つかったのかい、と何が出てきたのか興味津々そうに問われたので、ただのアナグマだ、と吐き捨てるように答えた。意外にもそれに反応したのはヘルガだった。

「そのアナグマ、今どこに居るの?」
そう問うた彼女の目は真剣そのものだった。
「そこの角にある棚の下の段に居るが━━━今は気が立っているようだから近付かん方が良い」

私の忠告をも無視するように棚の方へと駆け寄って行ったのでいざという時の為について行くことにした。彼女の動物好きにも困ったものだ。危険と判断し、彼女の気を別の方へと逸らせられないかと、そういえばさっき呼んでいたタヌキはもうどうでも良いのか。先にそっちでも探してくれば良いのでは、と提案した。が、その返答は意外なものだった。

「この子がタヌキなの」

一瞬何を云っているのか分からなかった。
「それは━━━アナグマだぞ」
「そうよ」
「分かっているのか」
「アナグマ、でタヌキさん、なの」

更にはてなマークが脳内を駆け巡ったところにロウィナが会話に割って入った。あなたのように頭の固い人には分からなくても不思議ないわね、と皮肉付きで。頭の固さでは彼女だっていい勝負が出来るだろうと云おうとした所で不意にゴドリックと目が合った。彼と事を荒立てるのも不本意だったので出掛けた言葉を飲み込んだ。

「要はね、この子は俗名アナグマ、私たちはヒト。この子は哺乳綱食肉目イタチ科、それに対して私たちは哺乳綱霊長目ヒト科。ここまでは良いわよね。この子の個人名はタヌキ。で私たちの個人名はサラザール・スリザリンでありロウィナ・レイヴンクロー。分かった?」
「ああ。有り難う。とてもよく分かった…が…」
━━━どういう名前の付け方だ。開いた口が塞がらない、など馬鹿な事は経験すまいと思ったが…今まさにそれなのである。

「ヘルガ」
「なぁに」
「一つ訊くが、何故、アナグマでなくてタヌキなんだ」

あぁ、と顔をほころばせた。だってアナグマよりもタヌキっぽいでしょ、この子、とクスクス笑い乍ら答えた。きっとみんなも初めてこの子を見たらタヌキっぽいって思うと思うの。だからね、名前をタヌキにしておけば、この子の事を知らない人もこの子を指して「タヌキ」って呼んでくれると思ったのよ。知らない人からも自分の名前で愛されるなんて幸せじゃない。気が付けば、棚の奥の方に隠れていたアナグマは気を取り直したようで、いそいそとヘルガの膝の上へと移動し、嬉しそうに鼻をひくつかせていた。






ヤギのヤギ助さんにするかで迷いましたが、やっぱり彼女の寮のシンボルであるアナグマで(笑)ゴドリックは居ても居なくても良いような存在になっていますが、ゴドも愛してるよー(笑)

何が云いたかったのかと云えば、単にヘルルはネーミングセンスがアレだって事です(どれだ)。
2005年8月20日