ささやかなる求愛行動
「私がどうして外でばかり本を読んでいるか知ってる?」

今日もまたいつもと変わらぬグレーな空に、グレーなロウィナの返事。何を話し掛けても本に目を落としたきり「ふうん」とだけ。聴いているのかいないのか、それすら分かりゃしない。そんな僕はいつもと変わらず姿現しで彼女の裏庭へと通い詰めている。

それでも最近分かった事がある。父様から借りて読んだ本から得た知識の一部を話すと決まって彼女の目は本の文字を追うのをやめる。彼女が読んでいる本にまつわる話をすれば一方的な語りだけでは無くなる。彼女の視線が活字から離れて僕に移り、そして会話が成り立つ。何とも勉強会のようで僕としては至極詰まらないのだけれど、偶には良いかと気を引く為に頑張る。好奇心が強かった事と本を読む事が好きだった事を今程感謝した事は無い。

覗いてみれば鳩の絵が描いてあって、どうやら鳩がどう巣に戻るかについてのようだった。そういえば、前に鳩は晴れの時には太陽コンパスを、曇りの時には地磁気を感知して巣に戻るのだというような本を読んだ気がする。動物の行動と云えば…

「蜂のハチの字ダンスとかって知ってる?」

云った後で、自分の云ったものがどこかのくだらないにも程がある駄洒落っぽく聞こえてげんなりときた。しかし、予想に違わず彼女が顔を上げてこちらを向いたので話を続けた。しかし、話が終わると程なくまた本に齧り付いてしまった。一緒に居るのに、彼女の関心は一向にこちらへと向いて来ない。何となく、捨てられた子犬のような気分だった。

今度はどう気を惹こうかなあ、とぼんやり空を眺めていた。
どれ位そうしていたのか分からない。けど

「私がどうして外でばかり本を読んでいるか知ってる?」

と彼女の方から話を始めた。
いきなりの事でどう答えて欲しいのか分からなかったので、取り敢えず首を横に振ってみた。
「家で本を読んでいると親が煩いのよ。私もレイヴンクロー家の一員だから魔法に熱心なの問題無いのだけれど、薬学や他の分野においても知りたい事に手を出すと、お前は女の子なんだから詩集の暗唱が出来た方がよほどマシだ、と云うの。最近は私が耳を貸さずに延々と図書室の本を読み続けている事に対して諦めつつあるようだけれど、それでも見れば『またか』とは口にこそ出しはしないけど全面に出ているの。それが嫌で私はいつも庭に出てくるの。」

風が少し冷たくなってきた。

「知識を得る機会はどうして女性に対してこんなにも閉鎖的なのかしら」
「理想的な女性を自分たちの手で作りたいという男のエゴのせいかな」

長らく同じ姿勢で居たせいで、尾てい骨辺りが痛んだ。もし本当に尻尾が生えていたら痛まないで済んだのかな。嗚呼、でも尻尾が生えたら洋服に穴を開けないといけないのか。いや、でももし皆に尻尾が生えたら服の形状は今のものとはもっと異なるものだったに違いない、など莫迦な事を考えた。残念乍ら尻尾は無いのでその場しのぎで寝転んでみた。鼻をかすめる草の臭い。嫌いじゃない。

バタンと本を閉じると彼女は、んんっと背伸びをした。小さくポキポキポキッと音がした。もっと姿勢を良くして本も読めば良いのに…。目が悪いんだろうか。

「偶に生まれてくる時代を間違えたと後悔する事があるの。私の意思で今の時代に生まれてきた訳では無いのだから詮無き事なのだけれど。でも世界はきっと変わるわ」
「男女平等へと?」
「そう」

そういう彼女の視線はどこか遠くを見ていた。

「平等な時代に生まれれば良かったって?」
「ええ」
「そうしたら僕は君に会えなかったかもしれない」

自分が彼女にとってどういう存在なのかを突きつけられるようで、少し…胸が痛んだ。

「きっと別の誰かに会ってたわ」
「それじゃ意味が無いんだ」
僕は座り直した。

「ロウィナ。君にとっては不本意かもしれないけど。それでも。君が生まれてきてくれて嬉しい。ありがとう」

「───不本意…とまで云う気はないけど。でも今は未だ生き辛いシステムになっているの」
「どれ位待ったら平等になるのかな」
「1000年は要らないわね」
「僕らはその頃もう居ないじゃないか」
「残念ながらね」

暫くしてついたため息がロウィナのと重なった。
少し面白かった。
また寝転んだ。
雲の移動が速い。

「そうなる迄ただ待ち続けるの?」
「癪な話だけど」
「僕が…君が自由に羽ばたける世界を作ってあげようか」
「恩の押し売り?」
「自分の為だよ。君が幸せでいてくれると僕も幸せなんだから。」

そう、全ては自分の為。
君の喜ぶ顔を見たいから。
ずっと一緒に居る口実が欲しいから。

「僕一人でやったら、システムが出来上がるのに僕らの世代ギリギリ間に合うか間に合わないかかもしれない。でも君が手伝ってくれるならもっと事は速く進む。───お答えは如何、姫君」

「悪くないわね。じゃあ仲間を集めたらもっと早く出来上がるかもしれないわ」
ニッと笑う彼女は初めてだった。
彼女の中にはいくつの表情が眠っているのか。
探索するのも悪くない、とそう思った。

「まずは一人…心当たりがあるかもしれない」






心当たりはサラザール・スリザリンです(一応)
学校創りの中心人物はゴドですが、その原動力はロウィナなんだよ、的な話。
いや、だからうちのゴドの世界はロウィナを中心に回って…げふげふ

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2006年3月30日